draft paper

趣味や日々の暮らしで思った事をそのまま書いています。

note16. Color of Life

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会場:銀座博品館劇場(JR:新橋)
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舞台を見ている人なら、あると思うんですけど。「突然見たくなる病」。だって、舞台ってしっかり見る人であれば見る人であるこそ先行でチケットを取って。チケット取ってない日でも舞台期間はきちっとおさえてあって年間のスケジュールががしっと決まってたりするじゃないですか。
なんかその枠から外れて、ふらっと見たくなるやつ。そういう衝動で博品館劇場に行ってきました。

再演ですが前回は見てないです。前回もタイミングが合わなかったんだよな。2人だけミュージカルで初演2ペアのうちの片方だけが残って再演。スリル・ミーを思い出したのはきっと私だけ。


舞台は2011年の日本から始まる。N.Y.行の飛行機で乗り合わせた二人。画家の和也と女優で米日ハーフのレイチェル。意気投合した二人は、一か月後、レイチェルの家があるN.Y.のチェルシーで同棲生活を始める。タイムリミットは、観光ビザの期限・90日...


背景に字幕で状況説明が入るので、分かりにくいところはないんだけれど、後からそれなくてもわかるよー?ってなる部分もあって。でも、全体を通して、無駄な状況説明や、余計なBGMを入れたくないんだなってわかった。伝えたいのはこの音楽と、歌にした歌詞、二人の話。

二人にそれぞれ「そうだよな」って思うところがあって、バランスよく観ることが出来ました。これってどっちかに偏るとつらいじゃない?3.11で絵が描けなくなった和也の痛い気持ちは今思い出しても私もつらいし。空っぽの額は空っぽの心。背景も同じ額のようで、私にはWTCの燃え残った鉄骨を思い出させられた。レイチェルの明るさの裏の影は、自分から影を教えなければ癒すこともできないつらさを抱えているのも。

最初の夜とか、アメリカだったらあんなふうにコミカルに表現されたら笑ってたりするのかなぁとか思ったけどやっぱりここは日本だった。日本人は基本的にシリアスすぎると思う。私はレイチェルが日本人はこれだからって母親に呆れるけれど、でもそういうところが好きだって言ってくれるところが好きだ。手放しに好き!じゃなくて、分かってくれてる好き。それはきっとレイチェルも自分に対してそう思ってくれる人が欲しいって思ってる裏返しでもあると思ってる。
だから、最後の最後で自分がlesbianであることをOutしている(んだろうけど、雑踏の音でかき消されてちゃんとは聞こえないんだよね)のに対して、プロポーズを考えていた和也が止めてしまう、彼女を抱きしめるけど7枚(Rainbow)の絵をぱたぱたと裏返してしまうのは拒否、だよね。最終的には受け入れるのに1年かかる。でもそれが多分自然なことなんだと思う。

Color of Life いのちの色。真っ白な服の二人。その人の色なんて、ベタ塗の一色なんかじゃないんだ。明かりがつき、消え、イーゼルに描かれた絵が増え、横切る。移り変わる色たちをあえて表すなら歌詞通り「すべての色は白に繋がっている」から白なんだろう。舞台上のななめの不自然な形から床に続くセットが、枠に嵌められる前のキャンバスの布であることに気付くと二人はこれからも、鮮やかな色でいられるだろうなと感じずにはいられない。

不思議なリズムで紡がれる曲「Out Time」で、ああ、9.11も3.11も同じ11日で、12日に和也がN.Y.に旅立った(二人が出会った)のが、「1・2」で、きれいに半年後じゃなくて、一歩踏み出したからじゃないかって。そういうのは偶然じゃなくて必然なのかも。そんな、「出会い」の話でした。


一つ反省したのは、和也がレイチェルに英語で感想を言ってほしいという所。様々な形容詞で褒めていくレイチェル。ああ、なんか日本語に甘えて感想が単調になっている自分に反省。もっと豊かに言葉を使っていけるようになりたいね。